情報誌IMAJU vol.39
特集「マレーシアで態変が狼煙を挙げた」

シャー物語 役者のエイミーによる聞き書き

 

『HUTAN KENANGAN(記憶の森)』に出演した役者の一人にシャーという身体表現として大変良いものを持っている役者がいます。彼は『記憶の森』の「花魁」役の代わりとして「おかまのお付き」という、自ら考えてきた演技を稽古場で演じて見せて、それが非常によかったので、今回の公演の1シーンとして採用され、急遽、台本に組み込まれることになったほどの非常に意欲的な役者で、公演では観客からの割れんばかりの拍手を浴びました。

そんな彼にも、一時は出演も危ぶまれるこんな出来事がありました。

 

 僕の名前はシャキルル・ニザム・ビン・スライマン。みんなはシャーと呼んでいる。パハンのラウブの出身だ。クアラルンプールから車で10時間くらいの、ま、はっきりいって田舎だ。

 僕はこないだまでバンギ職業訓練センター(PLPPバンギ)の研修生だった。寄宿舎に入って色々な訓練を受けてたんだ。そうやってバンギで訓練をしている時に、日本の国際交流基金がお金を出して「態変」っていうプログラムを始めたんだけど、面白そうだから参加するようになったわけだ。

 ところが、PLPPバンギでの勉強が終わってしまって、ラウブに帰らなくちゃならない。僕はその「態変」のプログラムがけっこう気に入っていて続けたかったんだけど、住居の問題に直面することになってしまったというわけだ。

 そこで、劇団態変と国際交流基金KL(JFKL)は、バンギの所長にかけあってくれて「態変 in マレーシア」のプロジェクトに参加している研修生で、僕みたいに公演の本番の4月より前に退所期限となっちゃう者については、特別措置を取り付けてくれたんだ。「4月の公演が終わるまで引き続き在籍できる」ってね。だから、お正月休みには、休みが明けたらまたセンターに戻れるものと安心してバハンに帰ったんだ。

 ところが、どういう訳だか、もうセンターの研修生でないからって、戻ることができなくなっちゃった。これは、後からわかったことなんだけど、ちょうどその時にバンギの所長の交代があったんだ。JFKLが申し入れをしてくれて、よっしゃ許可したるって言った所長さんが、後任の所長さんにこの「特別措置」のことをちゃんと引継いでおいてくれなかったみたい。

 僕にはバンギやクアラルンプールの近くに親戚が居ない。だけど、バンギからそう遠くないタマンセントーサというところにアバンが住んでることを思い出した。アバンってどう説明したら良いだろうか、血がつながっていないけどお互いに面倒をみるみたいなとっても仲の良い義兄弟みたいな関係で兄貴分にあたる人をアバンって言うんだ。そのアバンの家に一ヶ月滞在させてもらうことにした。

 何か仕事を見つけれたらいいなという気持ちもあった。もちろん、「態変」プログラムの練習にも参加できるし。僕は歩けないということもあって、移動の問題があったので、毎回全部の練習に参加できたわけじゃなかったけどね。アバンは車を持っていなかったし仕方なかったんだ。PLPPの職員に、僕が練習を続けられるよう、送り迎えしてもらえないか頼んでもみた。「態変」プログラムに参加している仲間の障害者たちも色々と頑張ってくれた。リーダーのマリヤニなんかJFKLの所長さんに送迎の車を出してもらえるようお願いするメールを出してくれるなど、あの手この手で必死だった。

 

 いくらのんきな僕でも1ヶ月もアバンの家にいると、悪いなあって気がしてきたんだ。アバンには家族がいて4人の子どもを食べさせなくっちゃならないだろ。アバンの生活がキツイことは僕にだってよくわかるよ。

 それに僕には、仕事もまだ見つからないし。僕としちゃアバンに迷惑かけるのは、これ以上できないなと思ったんだ。

 そして、仕方なく僕はパハンに帰ったんだけど、ついてないよねえ、ケータイが壊れちゃったんだ。グループの連中とも連絡とれないし困ったよ。

 やっとケータイが直って、開けてみたらメッセージがいっぱいなんだ。マリヤニが最初のメッセージくれてて、僕のこと心配してあれこれ尋ねてくれて嬉しかったよ。次はバンギの練習グループのリーダーのエ

イミーからのメッセージで、バンギの所長にPLPPでの滞在を認めてほしいってシャーから手紙を書けよってことだった。でもこの時パソコンも壊れてしまっててバンギの所長への手紙も書けなかったし、どうしようもなかったんだ。つくづく、ついてないって思ったのはこのことなんだよc。

 そんなとき、態変の黒子のローナから電話。さらに、JFKLの島田さんからも連絡があって、バンギPLPPの所長にシャーの滞在を依頼する手紙を送ったということだった。みんな僕のことで心配して、あれこれ動いてくれていたんだ。

 PLPPバンギの寄宿舎に滞在できる所長の許可がもらえたんだけど、バンギに行く移動手段がなくてまたお手上げになると思ってたところ、島田さんが車の手配をしてくれて、やっと今、僕はPLPPバンギの寄宿舎に滞在して、これまで通り「態変」プログラムの練習を一生懸命続けられている。

 本当に今回の事で一時はどうなるかと思ったけど、みんながいてくれて僕は一人ではないと思えたし、これで絶対に良い演技で舞台に出てやるぞって、心に誓ってる。だってそれが今の僕の、一番にやりたいことなんだから。

 

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