黒子体験記

 『天にもぐり地にのぼる』の稽古が大詰めも大詰め、一番の山場を迎えている。一体、日常生活の何倍の集中力を要しているのか? 稽古前日から緊張気味の黒子衆は、稽古終了と共に腑抜けと化す(言い過ぎか)。

 今回の作品製作の過程で、改めて「黒子」という存在に向き合っている。自分のほんのちょっとした動きや存在そのものが、演者、ひいては舞台空間に良くも悪くも響いていく・・・のは態変の舞台ではいつものことなのだが、黒子にとって、そのことが容赦なく突き付けられるのが金満里ソロ作品なのだ。金さんの指の先、目線のわずかな変化、そんな微細なところから立ち現れる世界。それは無自覚に触れると壊れてしまうものなのだ。

 人の立ち寄らない秘境で、水面から立ち昇ろうとする龍の姿をそっと覗き見る。静かに澄んだ水面にふいに自分の影がさして、たちまち龍が首を引っ込めてしまう。袖の中に居ると、自分と舞台上がそんな関係になってしまう錯覚に囚われそうになる。

 黒子は演者を抱えたり幕を開けたり着替えを行ったりと、触れれば壊れるものに触れなければならない。触れることで成立する、この矛盾。やはり黒子とは大きな矛盾を孕んだ存在である。そこに居ながらにして無。不必要な手は出さない、でも必要な手は出す。では要/不要の境界線はどこにある? 矛盾要素のどちらかを諦めて一方をとるのではなく、どちらも妥協せず、なんとか両立する地点を探るという作業の困難さ、そして面白さに突き当たっている。

やはり「何か」は限界や矛盾を超えたところにあるのだ。

「闇にうごめき光に隠る 一黒子暗躍記一」 (2009.2)



黒子の必修科目、舞台の掃除。2006年『記憶の森』

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