ダ・キ・シ・メ・タイ!!  東京・名古屋公演



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我が心の『ダキ・シ・メ タイ!!』

 今年の態変は『ダキ・シ・メ タイ!!』 をひっさげて、ちょっと走ってみます。
 東京では、'84年に『色は臭へど』、'91年に『銀河叛乱 '91』と、それぞれ態変の節目になった作品を上演し、何れも新鮮な驚きをもって迎えられました。
 そしてまた態変の節目となる『ダ・キ・シ・メ・タイ!!』 を今度は東京だけでなく、名古屋でも上演できることとなり、大阪・ 東京・名古屋と連続でこの作品を深める機会を得ることができたことは、私共態変にとってまたとない、幸機会を与えられたと思っております。

 この作品は、私共態変の、新しい課題の始めの一歩になる作品です。
 '83年に『色は臭へど』で旗揚げした態変は、アドリブで役者による喋りがあり、派手派手の衣装を付けたり、と野放図な粗削りの爆発するエネルギーで、役者の外側を見せる芝居だったといえます。そこから徐々に変化していった態変は、89年の『銀河叛乱 '89』の初演で宇宙観と身体という、より身体表現へと打ち出しました。
 そして'92年初演の『夢みる奇想天外 (ウェルウィッチア)』と、'93年の『夢み奇想天外 (ウェルウィッチア)』 の再演を含む 『天』 三部作の、中でも最後の『天国の森』の完成により、宇宙と身体の間にあるものが、一定見えてきたように思います。
 要するに、宇宙と身体を問題にすることは私にとって何だったのか、という点です。私にとって、常にモチーフとしてあった、自然と人間、特に森を意識してきたのですが、これが、自と他を分ける境界線、自我としての森だったということです。
 常に、存在するものの間に存在する引力が、相反する互いのものを形成しているかのように見え、二律背反を形成さす。というのが自我であり、森であり、境界線だったということが解りました。私のテーマであった、二律背反、その間でのそのものが持つエネルギー、緊張、バランス、そのものが絶妙に宇宙である、というものが見えるのと同時に、それらは気体の中に解けこみ解体されていくように見えたのです。
 それぞれが、素粒子にまでになり、宇宙を構成する単位にまでなってしまえば、表現する必要もなくなってしまうだろう、と思ったのですが、'94年の5月に行なった、大野一雄さんとのコラボレーション『山が動く』で、個や自我を消し、まったく無機質なものの存在、身体で追求することによって、素粒子にまで解体していった後に残ったものは、そのままの奥深い感情だったのです。
 それを私は敢えて、宇宙意志としての感情と呼びたいと思っています。
 そして、その感情といったときの人間の内面と、地球を掘る、宇宙を掘るというものを問題にした去年、'94年9月の『霊舞一地中花』というソロの連続作品となり、今回の『ダキ・シ・メ・タイ!!』という作品になりました。

 今まで、態変の作品タイトルはどちらかというと、抽象的な精神世界を現すイメージが多かったのですが、今回は非常に具体的なタイトルです。それと共に、言葉と衣装を何年かに掛けなくしてきた態変がまた、言葉と衣装を少し取り入れます。
 これは態変の今まで培ってきた、身体の持つ宇宙的エネルギーの表現の上に、人間の底の内面感情も表出させていきたい、という現われです。人間の内面に沈殿している感情を宇宙意志の感情として、身体も、言語も、身体の一部として、人間の持つ全てのものを可能性として宇宙と繋がっていきたい。
 人間と宇宙に、身体と宇宙に介在する感情。これは二次元的二律背反ではなく、多様に重層に折り重なり、自と他を分かちがたく存在しているはずです。 二次元から多次元世界へ、素粒子的感情へと、態変の追求する世界は新しい戸口に来たようです。
 また新たな旅が始まった、という感がいたします。この新しい旅の始りにご一緒くださり、今後の行方を見定めてくだされば、誠にありがたく思います。


1995.6.16 金滿里



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【ここに掲載の推薦文】

舞台にわれわれは何を期待するか。アナニアシビリのターンの正確さか、バリシニコフの高さか。
しかし、それらは観客と切り離された魅力だ。
態変の舞台には観客が魅惑され体ごと引きずり込まれる力がある。  金子郁容(慶応大学大学院教授)

金子郁容さんから話に聞いて、ぜひ観たいものだと思っていた身体障害者の劇団態変が、この秋東京に来演するという。
私はビデオで旧作「夢見る奇想天外」を見せてもらっただけだが、なによりも強烈なエネルギー、予想外のドラマの成立に目を見張った。
シャツを着たり、洋服を脱いだりするときにしてもだ。通常の演劇に失われた受苦のドラマが、ここに体現されている。
実際の舞台はさぞかし生の逞しさと愛おしさを痛感させるだろう。   中村雄二郎(哲学者)

初めて生まれた柔らかな子供を抱いた時、いのちの強さとはかなさを同時に感じ、
「いとしい」と私は思った。
態変の舞台には、生まれたばかりの赤子に通じる「いのち」そのものが輝いている。   松岡和子(演劇評論家)

目、手、足、身体のフォルムが現実を超えて詩を描く。
金滿里さんの美しい作品は今の日本では本当に貴重だ。   ワダエミ(衣装デザイナー)



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東京国際舞台芸術フェスティバル'95 公式プログラムの態変のページ




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