本作は、劇団態変主宰・金滿里自らの施設体験に基づくイメージと、後に金が沖縄の大自然から得た生命観、二つの時空をダイナミックに行き来する、極私的冒険ストーリーの形で物語を始めます。
幼少期を施設で過ごした金は、その場に横たわる優生思想、あるいは一部の命の存在を消し去ろうとする社会システムを肌で感じ取り、施設を出てからもその危険性には警告を発し続けてきました。しかし現代の都市生活では、「役立つ生命」「不要な生命」を勝手なふるいにかけるヘイトクライムがますます横行。2016 年 7 月 26 日には、相模原市の障碍者施設で 46 名もの無抵抗の人たちが殺傷される事件が引き起こされ、殺された 19 人の氏名は未だ公開されないままとなっています。
片方を肯定し、片方を消し去ろうとする。そんな窮屈で、誰にとっても逃げ出したくなるような社会とは一線を画する世界像を、沖縄の大自然が育んだ「ニライカナイ」という思想を元に探すことはできないか。本作は、この願いを原動力として、描かれることとなりました。相反する明と暗、光と影、生と死、そのどちらをも共存させる自然の原理に、人間の命や営みも当たり前のように含んできたおおらかな視座。この視座を、球体を半分にした穹窿(キュウリュウ)という形にヒントを得ながら、都市に生きる我々の身体で表現し、掴んでみようと足掻く試み。この挑戦は、個人の冒険譚を越え、都会ならではの方法で命の本質に向き合うための祭礼ともなる予感に満ちています。
明暗の光の乱舞に呼応する、
我ら、身体あることこそを祝福する!
舞台をともにつくるのは、各地の民族音楽を取り入れた多彩なメロディーワークを得意とするサエキマサヒロと、最古の電子音楽楽器であるテルミンを操る児嶋佐織。同時に、DJ・SANgNAM のラップトップミュージックが加わり、異質のものを迎え共存させていくという新たな挑戦がここにもあります。
劇団態変の身体が、切実に、身体あることこそを祝福せんと世に突きつける 。ニライカナイの調べにのせた渾身の舞台に、どうぞご期待下さい。
7〜17歳を障碍児訓練施設で育った私にとって施設体験は、芸術創造の核である、人間とは、の本質を掴む大きな糧となっている。そして大自然の脅威を、その懐に包まれる故郷的西表との出会いで、差別への捉え方を大きく変えさせていただいた。この二つを真正面から取り組む本作品がなければ、現在という時代に私はもう前に進めない。私の持論の、追い詰められた者の優雅さを形にする時期にきたといえる。
最後に、 相模原やまゆり園で虐殺された19名の障碍者の声にならない声を心に刻みそこに我が身を置く。受難者の早急な氏名公表を強く訴える。
2017.3.21 金滿里
Ⅰ 都会の小児病棟
薄ら寒いモノトーンの病院の世界
1. アボタカの夢
- アボタカの足から生まれた蟻 -
2. 日常
- 棘を持つ -
Ⅱ もう一つの世界
3. 月と蛇
4. ジャングルに帰る
- アボタカの足の橋 -
- アボタカの乱舞 -
5. 密林の精霊
お祝いとして
6. 呪言
海と陸の間に
7. 淵源
- 深い淵を探索し落ち着く先は -
- 他人の始まり、村 -
8. 墓場かオアシスか
- 膝根の歌 -
- 膝根の棺に流される死体 -
9. 跳躍
10. 遥か向こうから
地底も海底も、水平線の彼方からも、縦横無尽にやって来るものたち。どうせ、逃げれない重力に杭打ちされた地球人の足元に、抗うのならば、遥か彼方の海の向こうからやって来るものは全部受け入れ、邪悪でも何が何でも、良いものに変えてしまえ!
来るもの拒まず、去るものへは手土産の一つでも、良いものに、ここに居るときは変わらせる。
私より年上のその人は、今から思えば軽い知的障害もあったのか、九官鳥のような声で、 同じ事を何度も繰り返してよく喋る、明るい人だった。たしか「あぼたか」という愛称で呼ばれていたように思う。
その人は寝たきりで、細く、針金のようにまっすぐに伸びて曲がらない体を持ち、いつもベッドの上に寝かされたままで、子どもながらに、あれでは放置されているのと同じだと思った。そればかりか、おしっこのときなどは、職員が片方の足をヒョイと摘まむように持ち上げると身体全体が持ち上がるのでそこに便器を差し込む、といったぐあいで、とても人間を扱っているとは思えなかった。彼女に対しては万事がそうで、寝たきりだということで風呂にも入れてもらえず、頭だけをたまに洗われるのだ。寝たきりのため床擦れができ、医者と看護婦が傷口を処置するのが、日課になっていた。
ある日、それは夏の暑い最中だったように思う、いつものようにガーゼ交換が始まったそのとき、看護婦が何か声を上げた。〝蛆がわいた〟確かにそう聞こえた。「ガーゼをめくると、傷口に蛆がわいていた。信じられない」その、とっさの叫びともつかない声は、確かにそう聞こえたのだ。だが覗きこむこともできず、このことはその後タブーとなり、誰も口にしなかったので、確かめるすべもなかったのではあるが。
私にとってこの出来事は、一番ショックな事件であった。しかし、ふだんの彼女に対する職員たちの扱い----何もないときは「あぼたかは、明るいな」と誉める反面、身のまわりの世話をするときの扱いのひどさや、ガーゼ交換以外は放置状態、ということを見ていても、その出来事だけが突出しているのではなく、やはりこれは最初から人間扱いされていないのだ、と思えた。
(金滿里『生きることのはじまり』筑摩書房 43〜44頁)
西表島は、私が劇団態変の着想を得た特別な地だ。広大なマングローブ原生林に囲まれ、その奥に懐深い密林がある。有名なマリュドの滝へ行く小さな観光船が停まる、浦内川の岸部。36年前、そこに一人車イスで佇み、大自然の脅威に対峙して、小さくひ弱な存在の自分と、大木にしがみついて生きる蟻の姿に同じものを見つけ、ある意味、思想に行き着いた大事な場所。宇宙観の逆転、とでもいうか。
大木は自分の体に蟻が何をしようがお構いなく、自分が生命の全てを形成する一つの宇宙を持っている。蟻はそこが木であるかにお構いなく、自分が生命の全てを形成する一つの宇宙を持っている。普通は、これを大宇宙と小宇宙の関係、というのだろうが、それは傍目で見た一方的な見方だ。宇宙観には大も小もなく、それぞれに独立した宇宙観を持ち、必死に生命の営みの活動をする、絶妙な循環の中にいるだけではないだろうか。
そう思えた時、大自然への脅威は消え、宇宙にある自分の存在を受け入れ心地よくなった、という経験があり、なぜかそう感じた直後に「私、身体表現するかも」と閃いた。
私にそのような閃きを与えてくれた西表島。
そこに 「節祭」(シチ)という祭祀があったことは最近まで知らなかった。『ニライカナイ - 命の分水嶺』という作品タイトルを付けた時にはその存在も知らなかった「節祭」に行くようになるとは、夢にも思わなかった。
だが私の中で沖縄から受けたものが長年にわたり態変表現で渦巻き、今回いい具合にドッキングするに至った。八重山に「ニライカナイ」という言葉はないが、その思想を表すものが「節祭」これとの遭遇がそれだ。
「節祭」は、一年間の豊作への感謝と翌年の五穀豊穣、住民・集落の繁栄を祈願する祭事だ。祖納集落では550年間連綿と続いてきた。稲作文化でのお正月祝にあたるこの祭祀は、昨年は11月13・14・15日にあった。遥か海の向こうから福をもたらすミルク(弥勒菩薩)様をお迎えする、迎えるこちら側が渦を成す小宇宙を創っていく、そういう祭祀を観て得た着想を、本作にも込めている。
(金滿里ブログから抜粋・改変)