劇団態変 旗揚げ公演『色は臭へど』

劇評



「新劇」(‘84年7月号)より

’84年東京公演、劇評

車椅子のタンゴに魅せられて

川本三郎(評論家)


 関西からやってきた身体障害者の劇団・態変による「色は臭へど」には不意撃ちを食ったような衝撃を受けた(「感動」というより「衝撃」)。私はこれを五月十二日、超満員のタイニイアリスで見た。観客は一種怖いもの見たさの演劇的好奇心にかられて来た者と、ヒューマンな使命感で来たふだんあまり芝居を見ていない者とが混じり合っていたようだった。ともかくすごい人だった。タイニイアリス始まって以来の人ではあるまいか。観客を入れる(ギュウギュウに押しこむ?)だけで予定を三〇分もオーバーするという異例の幕開きだった。おそらくこういう小屋であることを予想もしていなかったらしいおばさんが「これ以上人間を入れるなんて非常識よ!」と怒鳴る。私の隣にいたガイジンの女性は「火事になったらどうするのよ!」と金切り声をあげて帰ってしまう。舞台が始まる前から場内は異様な雰囲気だった。観客自身が超満員の場内で不自由で窮屈な姿勢を強いられ、なおかつそれを自虐的な喜びとして受け入れようとひたすら身を縮めた。
 見る前は、〝身体障害者によるちょっと変った学芸会〟ぐらいに思った。しかし、予想はみごとに裏切られた。 そんななまやさしいものではなかった。 「特権的肉体」とか「感傷的同化」で語れるおとなしい紳士的な舞台ではないのだ。「劇」とか「パフォーマンス」というよりもっと平たく「身体障害者による宴会」といったほうがいい。彼らがまず観客に先んじて出来上がってしまっている。すでにもう誤解を恐れずにいえば)ロレツがまわらなくなり何をいっているのか言葉がよくわからない。演劇とは喋られた言葉であるという通念は始めから放棄され破壊されている。彼らが熱をこめて語れば語るほどその発語機能の不自由さのため何をいっているのかわからない。観客は身を乗り出し言葉を聞き取ろうとするのだがうまくフォローできない。「宴会」のなかでこちらだけがシラフでいる疎外感に襲われる。
 突然、緑のレオタードを着た男が一升瓶をかかえラッパ飲みしながらよろよろと観客席に侵入してくる。客席は一瞬パニックにおちいるがすぐにものわかりいい笑顔を取り戻し彼を受け入れる。しかし彼はそういうものわかりのよさを挑発するかのようにロレツがまわらなくなった舌で「酔払った、ウィー」といった言葉を乱発して観客(とくに女性)に抱きついたり触ったりする。千鳥足で客の膝の上にもたれこむ。彼は本当に酔っているのかそれとも演技なのか、あるいは地なのか。見る側はいちじるしく混乱してくる。「身体障害者を客席から見る」という安全性が侵害され一気に不安になってくる。実は私はこういう事態もあろうかと賢明にも(=臆病にも) 予測してあらかじめその日はうしろの席に座っていた(「青い鳥」の舞台はいちばん前で見たというのに!)。しかし「酔払った」 レオタード男はワルノリにワルノリを重ねいまにも私の席のほうまで侵入してきかねない。このときは正直、身体じゅうから冷や汗が出るのを感じた。幸い彼は途中で舞台に引き返していったがその間も観客にからみ、過剰に愛想をふりまき、積極的にヒンシュクを買う。その毒気はすさまじいばかりで私の周辺では彼の「情愛のコミュニケーション」ならぬ「挑発のコミュニケーション」に耐えられなくなりあきらかに不快な顔をして席を立つものが何人かいた。それを見ながら私は一瞬〝観客のすべてを帰らせてしまう反演劇〟を夢想したりした。
 「宴会」は続く。立つことができない女性が座ったまま舞台の中央でおしゃべりを始める。といってもこれもよく聞きとれない。レオタード男に比べるとずっと人なつこく「情愛のコミュニケーション」派であるらしい。舞台の上で何か料理を作っているらしいのだがうしろからでは人の頭、頭、頭に隠れて何をしているのかよくわからない。暗闇のなかで私はひたすら前の人のうしろ頭を凝視する。私のうしろ頭を見ているうしろの人間の視線を意識する。舞台では女が風船といっしょにごろごろと床を這いずりまわる。ただひたすら這いずりまわる。セリフも演技もない。床を這うことの楽しさと怖ろしさ。床から見ると世界はどんなふうに見えるのか。
 料理を作っていた(らしい)女は次々に客席から客を指名して舞台=宴席にあげる。彼女は「年は?」「何してるの?」と次々に客に質問を浴びせかける。指名された客はなぜかほとんど全員がきちんと正座して両手を膝の上にそろえ緊張して質問に答える。 そこにはあきらかに身体障害者に対する「気兼ね」がある。おそらく指名されたら私だってああいう姿勢をとってしまっただろう。正座することもできず床にペタっと座り込んでしまった彼女と極端に緊張しふだんしたこともないようなよそいきの座り方をしている観客の対称の面白さ。態変の舞台は見るものにいや応なく自分の(ふだん忘れかけている) 肉体の存在を思い出させる。  だが実はここまでだったら、私があらかじめうしろの席に座っていたことでも明らかなようにある程度予想できた「挑発のコミュニケーション」だ。見る側と見られる側の関係の逆転といった主題も決して新しいものではない。
 「色は臭へど」で私がいちばん感動したのは(ここは「衝撃」ではなく「感動」と書きたい)実は前半の観客を巻き込む作法ではなく、むしろ後半の観客を置き去りにしていくスタティックな作法のほうだった。観客を舞台にあげた女性のパフォーマンスが終わったあと急に舞台は静かになり、テーブルの用意がされる。何人かの車椅子に乗った人たちが舞台にあらわれる。テーブルには食事の仕度がしてある。それを見たとき私はそれまでの巻き込み型の延長でここでまた挑発的な(たとえばプニエルの「ビリディアナ」におけるような)宴会が始まるのかと予想した。しかし全然ちがった。彼らはほんとうに静かにテーブルにつき、食事を始める。彼らどうしのあいだで会話はないし、観客のほうに語りかけることもない。「挑発のコミュニケーション」は静寂に席を譲る。そしてその静けさのなかで、劇の始まる前から、客席のいちばん前に座り、つねに〝あれは誰で何をしているのだろう〟と気になりつづけていた黒服の男が、突然、車椅子に座ったままタンゴを踊り始めるのだ。硬直したかのようピンと張った脚を伸ばし、車椅子を狭い舞台の上でギクシャクとだが優雅に回転させながら、彼は一人、タンゴを踊り続ける。言葉はひとこともない。黒眼鏡に隠れた目が何を見ているのかもわからない。彼は自分だけの世界にひたりこんだように無表情に黙々とタンゴを踊る。〝ラスト・タンゴ〟といえばいいのか、〝死の舞踊〟といえばいいのかその踊りは圧倒的に哀しい。ここにはもう「コミュニケーション」というものに対する期待も幻想もない。彼は、彼を理解したいと願う観客をも置き去りにして、〝むこう側〟へと踊りながら向かってしまう。だが不思議なことにその〝むこう側〟に向かう彼の沈黙の姿に魅せられた私たちはその瞬間、この日はじめて「身体障害者を見ている」という「気兼ね」も「負担」も忘れて舞台をただ無心に見ている自分に気がつくのである。演劇とは〝むこう側〟へと向かう「死の演習」のことなのかもしれない。


在日韓国人の金満里さんと東京公演前にインタビューしている。

 ----世の中とは、隠れた裏の世界、つまり海底の奥深く、生物も何もないとされる世界にも、実は生物が生まれ出てくる。生の営みを織りなしている世の中には生きていてもあまりよく思われていない人々、なんやこんなところにおるのか、電車や町の中でみられている人々。それが私達です。普通に生きていたら見えない世界、きりすてられた世界を、違う価値観でみたらどうなるか。私達には私達だけの価値観力がある。普通の場所で切り捨てられる分だけ、私達は主観を好き放題広げる。それが海底のイメージであり、胎内の羊水のイメージでもあるんです。きたない者も、きれいなものも生まれてくる。誰がとめようにも、とめられない。私達は脳性小児麻痺、背ずいカリエス、小児麻痺などにかかったのですが、身体の不自由さは特性だと思っている。ハンデだとは思わない。この私達の特性で表現したい。理論や言葉で補うのではなく、全体表現としてやりたい。でも、私達のやっている事が演劇といわれていいのかわからない。せりふもアドリブだし、地のまんま舞台に出ているのですから。
 不自由さを負った肉体の引用であり、不自由さの背景の引用でもある。その引用の手つきに、どれほどの演劇的だくらみがあるか。根拠と方法意識があるか。不自由さを、豊かなる不自由さにどう反転していくか、課題は多いようだが、一瞬とはいえ最後の晩さんの舞踊シーンなどになると異様な美しさのある衝迫力が出てきたのには感動した。あれはまさしく「演劇」が発生していた。 

山本健一(「新劇」1984年7月号より抜粋)