態変『ヴォイツェク』

作品について

 『ヴォイツェク』(Woyzeck)はドイツの作家ゲオルク・ビュヒナー(1813-1837)による未完の戯曲。実在の殺人事件の精神鑑定記録をもとに1835年頃に書かれたが、著者が急逝したため、発表の機会もなく草稿のままで埋もれていた。
 作者の死後40 年を経てカール・エミール・フランツォースによりほとんど判読不能だった草稿が化学処理にて復元され日の目を見ることになった。草稿には執筆時期の異なる断片的な30の場面が描かれており、場面配列も不明である。
 この作品は、その内容から、現代不条理演劇の祖と位置づけられている。
 通常の台詞芝居のみならず、オペラ、コンテンポラリーダンス、音楽劇など、様々な形態で上演されてきた。

[事件について]
 1821 年に現・ドイツのライプツィヒでおこったヨハン・クリスティアン・ヴォイツェク(作中ではフランツ・ヴォイツェク)による殺人事件である。41 歳の下級軍人であったヴォイツェクは、6 月21 日の夜、5 歳年上の愛人ヨハンナ・ヴォースト(作中ではマリー)が他の軍人と密会したことから彼女と諍いを起こし、持っていた短刀で彼女を刺殺してその晩のうちに逮捕された。しかし逮捕の前後の言動などからヴォイツェクの精神異常の疑いが持たれ、2 年にわたる拘留の間に当時としては異例なほど詳細な精神鑑定書が作成された。史実のヴォイツェクはその後犯罪責任能力が認められ死刑を受けている。

[あらすじ]
 貧しい下級軍人ヴォイツェクは、副業で大尉の髭を剃らされたり軍医の実験動物となって豆だけを食べさせられたりと、侮辱を受けながら生計を立てている。そんなある日、情婦のマリーが鼓手長と浮気していることを知り、彼の精神は深い闇へと崩壊していく。やがて「内なる奇妙な声」に突き動かされ、マリーの殺害におよぶ。

 
原作者のスケッチ

草稿の片隅に描かれたスケッチ

態変の『ヴォイツェク』

 態変は2013年と2016年、独自の抽象身体表現で本作を上演している。
 定番のユニタードの上に役柄を表わすミニマルな衣装を着けて、この二回の上演はそれぞれに全く異なる表現上の実験を試み、非常にテイストの異なる舞台となった。


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 今回三回目の上演では、今の時代を映すものとして、格差、全体主義、戦争に立ち向かいたい。それらに巻き込まれていくことに厳として抗う個別身体存在が持つ熱量を現前させるべく、更に身体表現の実験を重ね作品の独自な解釈による演出で縦横無尽に描き出そうとしている。

 ひたひたと我々をとりまく戦争は、優生思想の暴虐を撒き散らす最たるものであり、障碍者にとって最大の敵である。現代の戦争の特質として生身の生命・身体を視野に入れない抽象化された殺戮があるが、そんなものに立ち向かうあがきとして、態変の人間存在の絶対的肯定をベースに、悲惨さを単に悲惨ではすませない、重い苦渋のどん底でこそ光と歓びを発する身体でもって、不条理演劇として多くをなげかける戯曲『ヴォイツェク』に挑む。無欲で無機質な貪欲さという矛盾が持ち味の態変パフォーマーの身体性を存分に生かし、存在の本質に触れてしまうと狂わずにいられない性(さが)、といった人間の真実に観る人が触れざるをえないような、新たな演出での上演を目指す。


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