『銀河叛乱'89』(1989年)は金滿里の宇宙観を前面に立てた作品で、態変にとってのエポックメイキングとなった。
-- いよいよ『銀河叛乱'89』。態変にとってエポックメイキング的な作品になりましたね。
金 私の、宇宙観がものすごくでてきました。 それまではオムニバス形式で、シーンごとに完結させていたのですが、『銀河叛乱』では、身体のペースと宇宙観というものの一体感を出したかったので、一人一人の役者の特徴に合わせて場面を考えるのではなく、全体的な作品を創るということになりました。
人間の身体が一つの宇宙だと思えるんです。一人ずつがみんな自分の身体の中に一つの宇宙をもっている。皮膚という境界線以外はすべて宇宙じゃないかと思います。皮膚の内側も宇宙なんです。だから、身体を動かすことによって全体の空気とか、宇宙の粒子とか密度とかいうものが変わっていく。身体性として指一本でも、中に流れている体液でも一瞬としてじっとしていない。そういうものを、瞬間的な、一瞬の物として捕まえることで大きな宇宙というものを意識しだすと、身体というものがすごいものだと思える様になりました。
この時のテーマは、〝向こうの世〟というものと〝こっちの世界〟の違いというものがどこにあるのかということなんです。一つの命の終焉とか死とかを越えた向こうっていうのかな。死と生きていることの境目というのを観たかったんです。
『銀河叛乱'89』は、舞台上に次々と現れる景色(宇宙)の美しさが、身体障碍の動きの凄み・面白さ・美しさやその存在感を引き出して観客にしっかり伝える、という手応えを示した。
そこで、屋外の景色の中に態変の身体を置いてみようという試みを1990年、91年におこなった。『いざいほう in ながい』(1990)は長居公園(大阪)の落ち葉の積もる地べたで。『Heal 〜癒しの森』は中之島剣先公園(大阪)の景色の中に美術家・蔡國強氏の作品を大胆に配置しそれを縫ってパフォーマンスを展開した。
1992年に、『静天のへきれき』、『夢みる奇想天外 (ウェルウィッチア)』、『天国の森』の三部作を次々と発表。
『静天のへきれき』は、観客席に黒いドームを被せトンネルの向こうに閉ざされ圧迫された世界から見える隔絶された舞台を表現した。『夢みる奇想天外』では舞台美術を徹底的に造り込み、開いたり膨らんだり降りてくる舞台美術と身体の関係性から物のように身体があるという構成を通じて、逆に物と確実に違う人間の身体を際立たせた。『天国の森』は初の海外公演としてケニアに持って行った作品。深いヨーロッパ的な森の中でいろんな物語が展開し、世界中の象徴的な民族衣装を着た役者たちが飛び回り、森全体で宇宙観を表現した。路上で障碍者が家族と一緒に物乞いをしているのが普通の社会だったから、障碍者が舞台で表現することにびっくりしたようだ。重度障碍男女の恋愛シーンでは口笛が鳴り、這って出たらゲラゲラ笑い、人間の感動の基本に触れた。
これらの、舞台上で展開される情景の中で身体障碍者の身体の存在感・障碍の動きの美しさを際立たせ観客に味わってもらう、という路線を最も代表する作品は『夢みる奇想天外 (ウェルウィッチア)』であろう。その記録映像は » こちら から(YouTube 1時間50分)。