今ガザ地区でなされている事態。封鎖して逃げ場を無くして子どもだろうが赤子だろうが誰かれかまわず攻撃を加え、食糧・医療をはじめ生活基盤にも破壊を進め、イスラエル極右政権はまるでパレスチナ人の皆殺しを企図しているかのようだ。この人道犯罪を国際社会は実質的に黙認してしまっているかのようで引き裂かれる。せめて発信を、ということでこの特集を組むこととした。
巻頭対談では、ホロコーストという底知れぬ被害を受けたユダヤ人が、ガザではあのような凄まじい加害をおこなうとは、一体どうなっているのか。この疑問から、ユダヤの思想・文化の研究を続けてこられた赤尾光春氏に対談をお願いし、この捻じれの解明を試みた。
かつて本誌62号(2015年)にご登場のパレスチナ問題の第一人者・岡真理さんから、今回のガザの事態を我々はどう理解すべきかをご教示いただこうとしたが、今の情勢の中さすがに超ご多忙で、メールのやり取りでなら、というかたちで金滿里との往復書簡が実現した。
今号では、態変40周年記念公演『私たちはアフリカからやってきた』(2023年10月27・28・29日 大阪・ABC ホール)を大きく取り扱わせていただくこととして、そのアフタートーク3本の全てを掲載し、劇評を4本もお寄せいただきました。
この作品は2部構成で、アフリカで生まれた人類が世界へ向けて旅立った
グレートジャーニーと、人間疎外と地球環境破壊の元凶・資本主義の原点
であるアフリカからの奴隷貿易と、この2つの「やってきた」を扱いました。
巻頭対談は、マルクスに学び惑星規模の破局の危機がどんなメカニズムで引き起こされ
るのかを探求しておられる斎藤幸平さんをお迎えしての深いトークでした。
他に、全く異なる角度からのトーク、そして色々な立ち位置から書いていただいた劇評により、態変のおこなった一つの公演を渦の中心として、これも一種の異文化クロスが創り出せたと申したら自画自賛が過ぎるでしょうか。
あの7月26日から7年が巡り、そして今年2023年の9月1日は関東大 震災の発生から100年、理不尽な大虐殺に遭いその名前さえ判然としない ままに踏みつけられ続けている死者たちのことを考えざるをえない夏だ。 最近ホロコースト文学についての著作『死者は生者のなかに ーホロコースト の考古学』を上梓された西成彦さんをお招きし、この5月に死者たちの命を ことほぐ舞『寿ぎの宇宙』を演じた金滿里との対話を採録することができた。
相模原施設障碍者大虐殺事件から7年を経て、命がますます踏みつけられてきている危機感を持ちます。
それに重ねて、現政権は、「殺してよい人間」を政治が恣意的に決めてよいのだという姿勢を、隠そうとさえしなくなったようです。
改めて、「殺されてよい命」などとは、誰に対しても、何処においても、言わせない! 扇動に抗い繋がりを創り出し、生きよう!
そのような発信を本誌は目指します。
2022年11月に劇団態変が上演した『白花弁の歌』は、同劇団が創立40周年をむかえる前夜にあたって、その真骨頂といえる抽象的身体表現への回帰と、そこから、より核心に迫る表現への飛躍を期して取り組んだ、ある意味ひとつの画期を成す作品でありました。
それゆえ、終演から5ヶ月も経ちましたが、その記録のため誌面を割くことと致しました。
態変は1983年の旗揚げ以来、最前衛の、前人未到の芸術領域の開拓を志してきました。健常者主導のアートは多少なりとも優生思想を内包してしまう、それを塗りかえる使命としてです。
そのもう一歩先に、より自由に、どこにも属さず、人間身体として新たな地平を開拓していくことをめざし、40周年の区切りを機会とし「劇団」の冠を外して、「態変」だけを名乗ることと致しました。
つまり、『白花弁の花』は「劇団 態変」として上演した、最後の作品となったわけです。
劇団態変は1983年に創立、まもなく40年となる。主宰の金滿里が自身のソロ公演を始めたのが1998年、ソロ活動は25年になる。態変で追究してきた身体障碍者による前衛的身体表現のエッセンスが金滿里のソロ作品には凝縮されているとも言える。
これまでに5作にのぼる金滿里のソロ作品を、映像で振り返りながら、態変で、またソロで追究してきた身体表現の真髄について深めてみるというトークセッションが企画された、その記録をお届けする。
加えて本号では、劇団態変の最新作『白花弁の歌』からたった1ヶ月の発刊であったが、速報をお届けすることができた。
その人たちのもつ属性を理由にして彼らの尊厳を否定し危害を加える行為が ヘイトクライムだ。ある一つのヘイトクライムが行なわれてしまったときに それを決して許さぬ姿勢を社会が示しそこなうと、次のヘイトクライムが起 こってしまう。相模原での障碍者大虐殺の5年後に在日コリアンが標的とさ れてしまった。この2つのヘイトクライムを結ぶような思考と闘いを始める ことが喫緊の課題と考えられ、2022 年6 月3 日にYoutube で発信を試み た。その発信を文字での記録としても残しておくことにした。
特集は、それに関連して、ヘイトクライムについての寄稿と、6年目になる7.26障碍者大虐殺追悼アクションの報告を掲載した。
現代口語演劇理論で台詞による演劇に別次元のリアリティを実現してきた平田オリザ氏と身体障碍者の障碍それ自体を表現力に転化した身体表現により人間の感性を根底から揺さぶってきた金滿里、ジャンルは異なれど、舞台表現が人間の精神になにをもたらし得るかについてラディカルな挑戦をしてきた二人が語る。
アートの役割/アートを言語で評価することについて/芸術を育む環境のこと
金滿里ソロ『漆黒の赤』に津軽三味線・奄美竪琴・尺八の生演奏で参加した蝦名宇摩は、かつて奄美大島宇検村に実在した無我利道場という正真正銘のヒッピー・コミューンで生まれ育った。金滿里がその無我利道場に入り浸っていたのは1980年代で、30歳代後半、宇摩は小学生だった。ちょっと普通じゃない生き方をしてきた二人の、アートを接点としたクロスから、読者は多くの触発を得ることだろう。
私たちが利用できる資源もエネルギーも水も有限であるので、「成長を止めるな」みたいなことを続けていると破局は必ずやってくる。
その破局の情景は、居心地最悪の壊れた環境で、食べ物は枯渇し、腹を空かせ、奪い合い殺し合う、という凄まじく陰惨なものではなかろうか。
その破局の連鎖の中に大きな位置を占める〈食べる〉をもっと大事に真剣に考えると、私たちは根源的なところで繋がっていけるのではなかろうか。そういう発想でこの特集を組んでみました。
恒例の対談は、藤原辰史さん。
2021年11月12日〜14日の劇団態変公演『心と地』は、コロナ禍による3回におよぶ延期、1年8 ヶ月もの忍従を経てやっと実現したものだった。その会場の伊丹アイホールは、演劇を通じて実に様々なものを耕し繋げてきた本当に大事な公共空間なのだが、いま存続の危機に晒されつつある。こういう状況の中、このたびのパンデミックの初期段階で私たちが明晰に状況把握し繋がり合って進んでいけるような指針を提起してくださった藤原辰史さんを公演後のアフタートークにお呼びできるという貴重な機会を得た。
宇宙から賑やかな微生物の共生世界まで自在に駆け巡る奔放な対談を、脳だけでなく皮膚も内蔵も総動員で味わってください。
相模原障碍者大虐殺から5年。今、改めて「収容」の意味を問う。
辞書的に「収容」は「人や物を一定の場所や施設に入れること」。例えば「被災者を収容する」と言えば、安全な場所への保護というこ
とにもなろう。しかし、収容が長期化すると… あるいは最初から別の意図をもってなされた場合は…
障碍者、ユダヤ人、非正規滞在者―。過去もいまも、「収容」は、社会とのつながりを断ち、自由を奪い、管理・支配を通じて個性や主体性を奪うことではないか。その延長にその人達の存在そのものの否定が連なる。
扉に鍵をかける権限を一方的に持つ者がいて、その扉の向こう側の人々を社会外の存在として権利を奪い排除する。こんなことが容認される社会の「こちら側」に暮らす人々は、じっさいのところ自由であり尊重されているのだろうか。
そのへんをじっくりと考えるべく、特集を組んでみた。
恒例の対談は、映像作家の小田香さん。2020年『セノーテ』で第1回大島渚賞受賞。今、注目を浴びつつある作家である。
2020年1月8日に大野慶人先生が永眠された。享年81歳。
ご自身も稀有な舞踏家であったが、ある時自分の父親の大野一雄の「化け物」じみた凄みに気付いて以降、長年に渡り大野一雄の活動の支えと助演に徹する途を選び、大野一雄の舞踏が世界を驚嘆させることに貢献してきた。2010年に大野一雄が103歳で亡くなり、慶人先生は再び輝かしい独自の舞踏で我々を魅了した。
実は、この大野親子の舞台を、裏から、類い稀なる美意識で支えていたのが、慶人先生の夫人である大野悦子さんである。先生のご逝去から一年という機会に、貴重なお話を聞かせていただいた。
ヤンさんが亡くなった。2020年12月20日、享年70歳。
梁容子(ヤン・ヨンジャ)の生き様に触れ、何らかのものを得て生き方を拡げてきた人は多い。
▲自分を縛るものからの脱却をやり抜いたリブの思想家。
▲指紋押捺拒否を徹底して個としてやり遂げた闘士。
▲女のための大工教室、ウーマンズスクール、など女が繋がる場を創り
出してきた独創家。
▲シンガーソングライター、はたまた唯一無二の漆工芸作家。
もっと語られて然るべき人物なのだが、三度の脳梗塞の後遺症ですっかり表
に出て来れなくなっていた。最近はいよいよ動けず転倒を繰り返していたが、
それでも梁さんは一人暮らしを貫く意思が固く、文化住宅でのほぼベッド上の
生活を、日に数時間のヘルパーさんと断続的に訪ねる友人達が支えていた。
12月20日ベッド上で仰向けに心肺停止状態で発見された。死因は食物を喉
に詰まらせた事だと推定されている。
この梁さんの最期は、あらゆる束縛からの脱却を生き抜いた上で自ら引
き受けた野垂れ死にではなかったか。
梁さんは生前、遺骨も誰も引き取らなくても良いと言っていたという。なので無縁仏になるところだった。そうなると遺骨の行方は誰にも探せない。奔走し親戚に引取人になってもらいその事態は回避した。梁さんには不本意かも知れないが、彼女が生きていた証を我々は留めたい。生きている者が必要とする我儘を、梁さんに聞いてもらってもいいじゃないか。
事実として、日本の女性解放運動史に梁さんの果たした役割は、在日コリ
アンと女性の複合差別の問題を投じ、果敢に闘い抜いた生き様として評価す
べきである。先ずはささやかでも本誌で特集を組むことにした。
ALS = 筋萎縮性側索硬化症とは、手足・のど・舌の筋肉が徐々に痩せて力がなくなっ
ていく病気。筋の運動をつかさどる神経(運動ニューロン)が障害され、脳からの運動
命令が伝わらずに動かせなくなった筋肉は萎縮していく。病の進行につれ、手足の機
能を失い、食物を飲み込めなくなり、話せなくなり、呼吸筋に障害が及べば人工呼吸
器が必要となる。しかし身体の感覚や視力・聴力、内臓機能、そして知能は保たれる
のが普通だ。思考力を保ったままのその境遇の苛酷さを思う。
そういう人達をも包み込み、生きよう・生きてよかったと思ってもらえる世の中こそ、私たちが創りたい世の中では?
でも日本社会は逆に人が死にたくなる方向で進んでいるようだ。ALS患者・林優里さんに対する嘱託殺人事件はその帰結ではないか?
この事件を受け、急遽企画した特集。ALSに関わりの深いお二方との対話、またALS当事者との「わいわい座談会」など。
あの7.26大虐殺事件以来、本誌は優生思想を中心的テーマとしてきたが、今の新型コロナ禍に翻弄されつつ、私達を否応なく巻き込んでくるもっと大きな仕組みへの視座の必要性を痛感している。
その矢先に出会った白井聡さんの新著『武器としての「資本論」』。なぜ「格差社会」が生まれるのか。なぜどう足掻いても救われない人達が存在するのか。
その答えとして、資本主義を内面化した人生から脱却するための思考法へと誘う鮮烈な本だった。やりたい放題の経済活動を許容する新自由主義は、一人ひとりの人生の値打ちを極限まで引き下げる仕組みでもあるようだ。ここに気鋭の政治学者との貴重な対話の機会を得た。
COVID-19(新型コロナウイルス感染症)パンデミックは、人類が今後どんな方向へと生き延びていくか、を突きつける。現在の社会の枠組みの延長線上では、人間を経済効率でしか計らず命の選別が当然のように内面化してくるだろう。相模原施設障碍者19名虐殺事件で顕在化させられたものが、このコロナ禍によって、一気に万人に降り注ぐことになるかもしれない。
そうではない人類の生き延び方を模索するのは、表現芸術をはじめ各々の現場で奮闘する者の使命ではなかろうか。
今、自分たちはどこに居てどう舵を取ろうとするのか。進行中のコロナ禍を生きる営みの記録と現時点での検証を、この場で試みたい。
TPAM (国際舞台芸術ミーティング in 横浜) は国内外で舞台芸術に取り組むプロフェッショナル人材が交流する場。今年は、46の国や地域から476人、日本から486人のプロが参加し、一般観客を含む延べ入場者数は31,302人だった。規模が大きいだけでなく、その中身が非常に尖ったものだった。
この企画の、メインに位置づくような公演の一つとして劇団態変の『箱庭弁当』が招聘を受け、それに加えてプロフェッショナルたちの交流企画「TPAMイクスチェンジ」の基調講演を金滿里が務め、大きな反響を得た。
対談はTPAMのディレクター・丸岡ひろみ氏と。
彼女たち公演ディレクターがやっておられるのは、芸術を創り出すアーティストと、その作品を受け取る観客との、間を繋ぐ仕事。せっかくの作品が万全の形で届けられるための諸々のアレンジや、そこに編集的・構成的な一工夫を入れることで作品と観客の出会いがぐっと意義を高める、そういう貢献をされている裏方と「芸術による革命」をぶち上げる金滿里との、熱い語らいであった。
全国の労働者よ、立ち上がれ!
クビを切られた非正規労働者が国政に挑戦してもいいじゃん! 労働者の議席を一つ取りにいく! と、2019年7月の参議院議員選挙に挑んだ大椿裕子。
結果は及ばずであったが、彼女の挑戦が指し示してくれたものは大きい。
雇い止め解雇・長時間労働・残業代の未払い・パワハラ・過労死…。ますます過酷となる労働環境。でも我らは人間だ。安心して働き続けたい。対等に扱われたい。若者も女性も、非正規労働者も外国人も、尊厳ある働き方をしたい。労働からはじかれた障碍者もまた尊厳を奪われてなるものか。状況が変わるのを待ってはいられない。
こっちから声をあげよう! 変わるのは私たち、変えるのも私たち。
相模原津久井やまゆり園障碍者虐殺から3年が経つが亡くなった19名の氏名 は未だ公開されない。一部に強硬に公開を拒む家族があってのことだ。19 歳〜 70 歳という大人でも障碍者だと家族の権限がかくも及ぼされる不条理を思う。 障碍者に限らず「家族」の存在が我々を不自由にすることは多々ある―特に女 性にとって。そもそも「家族」って何だろう? 障碍者にとって、女性にとって。 かつて障碍者とフェミニズムが優生保護法問題で不毛に対立したこともあった。 今回、フェミニズムに立脚した気鋭の社会学者との対話の機会を得て、女性と 障碍者との生産的な対話の新たなスタートラインをも模索することができた。
1998年3月に金滿里の母、金紅珠が亡くなり、同年、金は自身の初めてのソロ作品『ウリ・オモニ』(韓国語で「わたしのお母さん」)を大野一雄の監修で舞った。 その後、各地で再演を続けてきたが、今回、2019年2月8日から11日、東京で4ステージの公演を挙行。「母を看取ることなく逝かせて二十年」と金自身が語る節目の今回は、とりわけ夥しい命が降りてくることを感じる舞台だった由。そのようにまるで憑依されたかのように舞い尽くした最終日、アフタートークのゲストとして迎えた姜信子さんは、旅の各地で埋め込まれた声を、物語を、掘りおこしてみせる特異な作家。刺激的なクロストークであった。
相模原障碍者殺傷事件から2年が過ぎた。この事件を契機として創られた劇団態変の『ニライカナイ ー命の分水嶺』が、2年を経て東京で再演されることを受け、2018年9月29日に、社会連帯フォーラム「相模原事件をあなたは覚えていますか? 障碍者と共に人間の価値を芯から問い直す」が開催された(主催は一般社団法人日本社会連帯機構)。
東京公演に向けたプレ企画として、まずは劇団主宰者の金満里と保坂展人世田谷区長が講演。その後、事件が抱える本質的な問題について大いに語り合った。
クロスオーバー談義・保坂展人×金滿里
相模原事件後の社会が問いかけるもの 〜なりふり構わず、「分断」を乗り越えよ!〜
同じく1953年に生まれた2人の女。かたや高校生のときデモの衝突で人が死ぬのを目撃し吐きながら逃げ、でも表現せざるを得なくなって写真家となった。かたや18歳まで収容され死んだように過ごしていた施設から障碍者解放運動へ、だがそれでは真の解放は得られじと身体障碍者の身体表現を始めた。
出会って話し込んでその人の人生を愛しちゃったときにこそ写真を撮る女。
その身体、その動きが良い!と惚れ込んでアグレッシブな舞台芸術を創る女。
世界を変えようとしてやってるわけじゃない。好きなようにやる、ただそれだけ。
でもそれだからこそ、それが世界を変えていくのかも知れない。
クロスオーバー談義・石川真生×金滿里
好きなように演る/撮る ♪ただ〜 それだけ〜
旅日誌2018/4/29-5/5沖縄本島 ……仙城真
[インタビュー] 奥間政則さん(聞き手・金滿里)
沖縄とハンセン病の交差点
[イラスト&エッセイ] 伊祖から届く風19 ……メラミキコ
特集 7.26障碍者大虐殺から2年 殺されてよい命なんて無い
警戒すべき案件 ー相模原市事件を手がかりとしてー ……釈徹宗
すべての人は神の似姿である 〜イエスが「罪人」としなかった人々〜 ……山本光一
相模原障碍者施設殺傷事件より二年
啓蒙主義の暗面に関する考察 ……アブドゥルラフマン・ギュルベヤズ
2年目の7・26障碍者大虐殺追悼アクションに寄せて
〜殺されていいと言われることに抗う〜 ……橋本真菜
相模原障碍者大虐殺事件に対するイマージュ声明
ピンクトライアングル vol.5 ……大黒党ミロ
[海外] タネまく人々 〜ナヴダーニャ・ファームに滞在して〜 ……梅原朔
[劇評] 劇団態変『あの日から、ずっと…』
男たちのメタモルフォーゼ ……川﨑那恵
[金滿里のページ]金滿里の身体表現論 第三章 Ⅰ-1.概念と身体
[キネマイマージュ] 「怒りを力に ACT UPの歴史」
「コンテンポラリーダンスを難解だと云って敬して遠ざける人も多いと思われる。
劇団態変もまた、意味がわからないとよく云われる。
サイトウマコトは関西を拠点に斬新な作品を発表し続けている振付家だが、その最近作「廃の
市 ほろびのまち」は50畳の畳の上を和服ベースのダンサーが転げまわったりもする、有無
をいわせずその世界に引き込んでやまない快作だった。その後、劇団態変『翠晶の城 〜さ迷
える愛[ 序]』のアフタートークにご登場いただいた。
劇団態変とコンテンポラリーダンスにおける身体表現の引き出し方や作品として出来上がっ
ていくまでのプロセス、その共通点・相違点につき大いに語り合えた。
クロスオーバー談義●サイトウマコト×金滿里
市は廃び愛はさ迷えど、われらは踊る 〜シュールレアリズム身体表現の挑戦
劇評 劇団態変『翠晶の城』
城へ、城から ……今野哲男
彼方へ… ……小田香
ざるを得ない時代の身体 『翠晶の城』さ迷える愛[序]管見 ……上念省三
相模原障碍者大虐殺事件に対するイマージュ声明
ピンクトライアングル vol.4 ……大黒党ミロ
[酒と食いもんのエッセイ]10 レバントの銘酒 ……岩城あすか
[追悼 笑福亭仁勇さん]
笑福亭仁勇さんのこと ……尾辻かな子
憧れの仁勇さん ……橋本真菜
[第11回おしゃべりサロン報告]
安倍改憲に抗うおしゃべりサロン……橋本真菜
ゆらぐ憲法、ゆらがぬ想い……Pan
インターセクションから連帯へ
〜反ヘイトスピーチ裁判の勝訴判決より〜……邊玲奈
[イラスト&エッセイ] 伊祖から届く風16 ……メラミキコ
[キネマイマージュ] 「光のノスタルジア」「真珠のボタン」
「橋の下世界音楽祭」は、毎年5月に豊田大橋の袂に突如出限する夢の国。ホームページには、「至って平和的、かつ精神的にも健全、もしくは健全さとやる気を取り戻す為の、全国的にも稀に見る社会の船底に住む穴空き者達の作る、優良、かつ自発的に自治された健全で安全な悪所(あくしょ)」とある。
国内外からパンク、ブルース、民族音楽などの垣根を超えた実力バンドが多数出演。しかし入場無料の投げ銭制。河川敷で刈った800本の竹と街中から集めてきた廃材でボランティアの大工・職人さんが新しい「街」を一つ創ってしまう。会場で使われる電力はすべて会場に仮設の太陽光発電でまかなわれるが、不足のおりはアコースティックに切り替えればいいじゃないかという腹ぐくり。
6回目となる2017年は、劇団態変も『幻視の郷(げんしのごう)』で初出演。二日目の逢魔が刻の舞台で「浮遊性と土着性の葛藤」を表現したのだが、この破天荒な野外祭典への身障者劇団招聘を1年足らずの準備でやってのけたエネルギーに重ねて脱帽。
今回登場の永山愛樹は、その中心人物である。
いろんなやつがいて、いろんなことをやっていて、
みんなそれぞれに素敵だよ。
今の情勢、いけてないことが多すぎて、辛かったり、消沈したり、腹立ったりするけど、
みんな集まって、みんなOKだ! と認め合える、そんな場を創っていきたいな。
そういう想いを込めて、この特集を組んでみた。
表題は、ボブ・マーリーの「One Love」からもらったゼ。
クロスオーバー談義●永山愛樹×金滿里
土着と浮遊の悪所 〜ぼくらがもっともっと生きるための
特集●Let's get together and feel all right!
橋の下 森羅万象 ……井上佐和子
多様性をもとめて 〜ヘイトスピーチデモのカウンターから生まれた祝祭〜 ……C.H.A.R.
二都物語 踊る体に幸あれ ……金相佑
韓国全土に広がるLGBTムーブメントのうねり 〜クィア・パレードの現場から〜 ……植田祐介
相模原障碍者大虐殺事件に対するイマージュ声明
ピンクトライアングル vol.3 ……大黒党ミロ
[福森慶之助の詩] 磨く
[イラスト&エッセイ] 伊祖から届く風16 ……メラミキコ
[酒と食いもんのエッセイ] 四天王寺骨董市の甘酒 ……橋本真菜
[さなぎダンス企画#11] さなぎダンスのつくり方 ……上念省三
[劇評・金滿里「寿ぎの宇宙」]
『寿ぎの宇宙』が切り開くもの ……貫成人
人としての誇り ……残間里江子
金滿里のページ 寿ぐ、ということ 〜寿ぎの宇宙 東京公演を終え〜
2016年7月26日未明、神奈川県相模原市にある障碍者施設に一人の男が押し入り46名の無抵抗の人たちを刃物で刺し、うち19名を殺害するという大虐殺事件が引き起こされました。
犯人は「障碍者がいなくなればいい」と供述しており、これは、ある属性を持つ人の命を消してしまってよいとする優生思想を実行に移した事件として、私たちを震撼させました。
更に申しますと、受難者たちを匿名としその存在を最初から無かったかのように扱っているし、また政府からあの事件を絶対に許さないとの表明もなく、誰の命も否定されず脅かされず生きていて良いのだという発信をこの社会は未だおこなっていない。
つまり、この大虐殺事件は、今まさに進行中なのであり、私たちはその真っただ中を生きている、と云ってよいのではないでしょうか。
事件からちょうど一年。広範な分野からのご寄稿を得て、この特集を組んでみました。
クロスオーバー談義●鵜飼哲×金滿里
奪われて良い命などない! 〜優生思想と訣別する
特集●相模原やまゆり園障碍者大虐殺事件を生きる
「個の存在」は、「心象風景」ではない ……坂手洋二(演劇)
いま思うこと ……岡登志子(ダンス)
私は七月の ……今野和代(詩)
私の感じた迫り寄るファシズムの波 ……山本公成(音楽)
自分と自分以外の誰かのふたつがいたとき ……bozzo(写真)
優生保護法のこと ……田口ランディ(文学)
「共生」のためのプラグマティズム ……朱喜哲(哲学)
なぜ私は街頭に立つのか ……石地かおる(リメンバー7.26神戸アクション)
「愛国的リバタリアン」という怪物 ……内田樹(思想)
ピンクトライアングル vol.2 ……大黒党ミロ(漫画)
この社会の「嫡子」としての「相模原事件」 ……中村一成(ルポライター)
移動する自由の可能性について ……ブブ・ド・ラ・マドレーヌ(アーティスト)
「相模原」と「カウンター」のことから ……鈴木伸哉(反差別カウンター)
路上の虹 ……うっちー(反差別カウンター)
あなたの見る風景 ……李信恵(フリーライター)
相模原障碍者虐殺事件に対するイマージュ声明
入江貝塚9号人骨のこと ……仙城眞
[金滿里のページ] 奪われた身体は誰のものか ……金満里
[イラスト&エッセイ] 伊祖から届く風16 …メラミキコ
[劇評●劇団態変「ニライカナイ 〜命の分水嶺」]
ニライカナイをみた ……中山千夏
分水嶺に立つ ……石川みき
36年前、初めて金滿里が身体表現の着想を得たのが西表島。
これまで多くの作品で沖縄的な題材を取り上げてきたが、最新作「ニライカナイー命の分水嶺」は、生と死の境目について真正面に取り上げた作品である。
大阪での初舞台を前に、圧倒的な大自然の中で自らも農業を営み、また文化人としても行動してこられた石垣金星さんに西表島から来ていただき、500年前から連綿と受け継がれてきた新年を祝う祭事「シチ」をはじめ、西表の知られざる魅力や沖縄の未来について語り合った。
クロスオーバー談義●石垣金星×金滿里
クバの木をつたって神が降りてくる 〜西表島の神々と沖縄の未来と
[資料] 琉球自治共和国連邦独立宣言
特集●沖縄
西表・祖納の節祭(シチ) ……仙城真
「高江」ヘリパッド建設の現場から ー沖縄を見つめて ……岡歩美
『生きることのはじまり』故地訪問 西表島マリュドの滝に続く原生林
[イラスト&エッセイ] 伊祖から届く風15 …メラミキコ
[酒と食いもんのエッセイ]7 西表の泡盛事情と牛汁 ……仙城真
相模原障碍者虐殺事件に対するイマージュ声明
ピンクトライアングル vol.1 ……大黒党ミロ
[キネマ・イマージュ] 「鬼郷(クィヒャン)」
わるいスピリット ーアフリカで家族と暮らすー ……大門碧
福森慶之助の詩 灯火を吹き消したとき
[さなぎダンス企画#10] あらゆるコミュニケーションの変容
~さなぎダンス#10をめぐって ……上念省三
「抽象身体表現演劇」とは、いいかえれば、「宇宙降臨演劇」の追求であった
――劇団「態変」の演劇思想の軌跡 8 …清眞人
去る2016年7月は、日本社会の曲がり角ともいうべき事象が相次いだ。
10日の参院選では低すぎる投票率のもと、改憲派勢力が改憲発議に必要な三分の二をかろうじて下回る結果となる“民意”が示された。そして26日未明、神奈川県相模原市の障碍者施設に元職員が押し入り、無抵抗の入所者たち46名が殺傷されるという前代未聞の事件がおこった。
社会に全体主義的な空気が立ち込め、個人は当然それに従属するべきとの傾向が強まってくるなか、「役に立たない者には価値がない」「価値がない者は切り捨てろ」という風潮が広がっている。加害者が勝手な理由で理不尽に命を奪い、排除するという、人間への侮蔑と抑圧の社会を経験してしまったいま、中山さんとの対談は必然的に「分たちの生きる場所としてのコミュニティでどう動くか」に帰結していった。
クロスオーバー談義●中山千夏×金滿里
個人とコミュニティのはざまで ~既存の価値観を転換せよ
相模原虐殺事件に対するイマージュ声明
特集●わたしたちの生きる場所
子どもたちの「居場所」を守って Minamiこども教室でめざすこと ……金光敏
“世界の縮図”を体感できるカフェ「comm cafe」 ……岩城あすか
安全な場所で、安心して暮らすために ―「オンガージュ・サロン」という試み― ……朱喜哲
[キネマ・イマージュ] 「さとにきたらええやん」
[酒と食いもんのエッセイ]7 難波屋 ……岩城あすか
[福森慶之助の詩] 広場
[イラスト&エッセイ] 伊祖から届く風14 …メラミキコ
[さなぎダンス企画#9] ダンスに何ができるかと思いながらも、希望は失わない
~さなぎダンス#9を中心に ……上念省三
[劇評●金滿里ソロ「寿ぎの宇宙」]
『寿ぎの宇宙』
〜今の時代が求める祈り、舞、「行」としてのパフォーマンス・アート ……R・ジェニスン
[劇評●劇団態変「ヴォイツェク」]
男の中の女性性の封殺
〜態変「ヴォイツェク」が記憶化する相模原障害者施設殺傷事件 ……倉田めば
[金滿里のページ] 相模原施設障碍者19名大虐殺事件 〜施設解体と氏名公表は一つ
「抽象身体表現演劇」とは、いいかえれば、「宇宙降臨演劇」の追求であった
――劇団「態変」の演劇思想の軌跡 8 …清眞人
劇団態変は3月11日〜13日に、12年ぶりとなる東京公演(座・高円寺)を成功させた。今回の東京公演は、関東からエキストラ、黒子、スタッフも参加し、「2016劇団態変・東京プロジェクト」として全力で取り組み、4公演すべてで客席は満員となった。
生きていることの裏返しとしての「死」を直視する。
経済性だけで人間の価値が決められていくような世界の中で、もう一度、あらたな「理」の世界を創り出す。
『ルンタ〜いい風よ吹け〜』に込められた思いは、公演2日目に行われた作家の田口ランディさんとの対談でさらに深められた。―
特集●2016劇団態変東京プロジェクト
[劇評] 劇団態変「ルンタ ~いい風よ吹け」
『ルンタ(風の馬)』讃 …佐藤信
大宇宙と小宇宙をつなぐ祈りの身体 …水谷八也
『ルンタ』の示す豊饒の世界
〜私たちは欠落を思い知る …天鼓
エキストラから
Marginal-Man~自身をかたちづくる為に~ …小林加世子
いい風、吹かせたか? …天沼臨
東京黒子から
変態 × 態変 …大黒党ミロ
[福森慶之助の詩] もっと怒りを / 自分たちのやり方
[酒と食いもんのエッセイ](6) パン屋「タルマーリー」のピザとビール …邊玲奈
[イラスト&エッセイ] 伊祖から届く風13 …メラミキコ
[ダンス評] 繋がり断たれる関係性 〜二〇一五年度のダンス …上念省三
[金滿里のページ] 身体表現論Ⅲ 皮膚(2) 4.皮膚細胞と骨
「抽象身体表現演劇」とは、いいかえれば、「宇宙降臨演劇」の追求であった
――劇団「態変」の演劇思想の軌跡 7 …清眞人
[キネマ・イマージュ] 「NO」
大阪が音を立てて壊れそうな危機感を感じるのは被害妄想なのだろうか? いや、競争すること第一義、繋がりを断ち切って走り続けられる人が勝者になる仕組みを良しとする流れが強まっているのは確かだ。それは、人が心を手放し、目先のことだけを見てお金で全てを計る社会の価値観だ。商いの大阪だというが、かつての大阪商人は、儲けたお金を文化学術を伸ばすことに投じた度量があった。死生観を問題にし人心の支えになる宗教の下支えがあった。 死生観。今こそ、その振り返りが必要だと思われ、今回ご登場願ったのは、仏教界で今、積極的に言論を発し道先を照らすユニークな活動を仕掛けておられる注目の僧侶・釈徹宗さん。期待通りに熱い大阪への思いと、人が死んでいくことへの大きな懐をとりもどしたくなること間違いなしの対談となった。
クロスオーバー談義●釈徹宗×金滿里
「死生観を語る 〜繋がりの再建のために」
特集 死生観について
[文芸批評] 二〇一五年秋に死生観について考えたこと
〜ディブック、死後結婚式、ぬえ、白碑 …仙城真
ゾロアスター教の死生観 …ジャムシディ・ジャムシッド
永遠のホン・ヨンウン …川崎那恵
雨の朝 …ホン・ヨンウン
[酒と食いもんのエッセイ](5) パッタイとの出会い ~味の大革命~ …邊玲奈
[イラスト&エッセイ] 伊祖からとどく風12 …メラミキコ
[さなぎダンス企画 #7] 最後は、からだ 〜来場者の感想をまじえて …上念省三
[劇評:劇団態変「ぬえ」] 生命力のレコンキスタ …木村智子
[金滿里のページ] 金滿里の身体表現論 第二章 覚醒する身体 Ⅲ 皮膚(2)
「抽象身体表現演劇」とは、いいかえれば、「宇宙降臨演劇」の追求であった
――劇団「態変」の演劇思想の軌跡 6 …清眞人
[キネマ・イマージュ]「アンダーグラウンド」
2015年5月17日をわたしたちは永く記憶しよう
この日おこなわれた大阪市特別区設置住民投票(通称「大阪都構想」住民投票)は、反対70万5585票(50.38%)、賛成69万4844票(49.62%)、約1万票という僅差ながら、「都構想」を騙った大阪市解体はひとまず阻止された。投票率は66.83%。
反対運動の終盤にかけて色んな人が居ても立っても居られなくなって街に繰りだし、それをまた全員がひしひしと感じて共有するようであったが、あれは一体何だったのか。住民投票後の大阪を私たちはどうしていったらいいのか。
この事案の本質は何だったのか、そのしっかりとした検証はまだ途上にあるが、この件の後半戦と云えるかもしれない大阪府・市の首長選挙を11月に控え、この問題をめぐる本誌なりの発信を試みる。
対談は、態変の公演『試験管』のアフタートークで身体論の神髄を語ってくださった内田樹さん。大阪市解体を止めるべく八面六臂のご活躍をされ、安倍政権による安保法制(戦争法案)に対しても活発に発信してこられた。
クロスオーバー談義●内田樹×金滿里
「ことばが身体に伝わるとき からだが言葉を発するとき」
特集
SADL奮戦記 民主主義を実現するプロセス
オール大阪 私の体験 …橋本真菜
おしゃべりサロン vol.8「これからの大阪、どうする?」
[さなぎダンス企画 #7] みることの深浅〜視覚と言語化 …上念省三
[劇評●金滿里「ウリ・オモニ」] ウリ オモニ ー私たちの帰る場所 …李信恵
[金滿里のページ] 金滿里の身体表現論 第二章 覚醒する身体 Ⅲ 皮膚(1)
「抽象身体表現演劇」とは、いいかえれば、「宇宙降臨演劇」の追求であった
――劇団「態変」の演劇思想の軌跡 5 …清眞人
2月1日は、ISISによる後藤さんの殺害が報じられた日だ。まさにその日、金滿里と編集部員数名が朗読劇「ガザ 希望のメッセージ」を聴きに行き、激しく心を揺さぶられた。「もう絶対誰も言っちゃだめだ。イスラエル?パレスチナ?難しくてよく分からないなんて絶対誰も言っちゃだめだ。あんたが許してる世界で起きたことだ。私たちはこれ以上殺しちゃいけない。殺すな。これ以上殺すな」と、前号編集後記に編集部の一人は書いた。この日のご縁から、この朗読劇を演じた「国境なき朗読者たち」を主宰する岡真理さんと金滿里の対談が実現した。パレスチナの今、そこから発せられるアート、それに応答するってどういうことなのか、と対談は4時間半にもおよんだが、それでも二人はまだまだ語りつくせていない様子。その語らいの核心部分をお届けできれば。
クロスオーバー談義●岡真理×金滿里
「アートは生きることの証し」
特集
朗読の力(国境なき朗読者たち「ガザ 希望のメッセージ」評) …仙城真
[対談補遺] 金滿里の素朴な疑問に岡真理が答えるパレスチナ問題入門
ホン・ヨンウンのパレスチナ(詩とインタビュー)
[キネマ・イマージュ]「 もうひとりの息子」「自由と壁とヒップホップ」
[イラスト&エッセイ] 伊祖からとどく風10 …メラミキコ
[劇評●劇団態変「試験管」]
有意味と無意味の狭間で ―〈痛み〉を生きる身体ー …川上夏林
直接性と対峙する新しい抽象 ~『試験管』管見 …上念省三
[金滿里のページ] 2012 年からの態変 「試験管」まで
「抽象身体表現演劇」とは、いいかえれば、「宇宙降臨演劇」の追求であった
――劇団「態変」の演劇思想の軌跡 4 …清眞人
国連の人種差別撤廃条約は1965年に採択され、日本は1995年に加入した。(加入したからには、日本国政府はこの条約の内容を現実化する義務がある。)
この条約の冒頭にある「人種差別」の定義を超訳してみた。(※外務省の作成した訳は受験英語的には正確だが心が通わない)
この条約で「人種差別」という用語はこんな意味を持つ;
人を、区別したり、排除したり、制限したり、(その人を差し置き他を)優先したり……
そんなことを、その人が生まれついた人種、肌の色、家系、民族(その人が属する文化・風習)、を根拠におこなうこと……
そういうやり方で、その人が人間としての権利と根本的な自由を平等な立場で実感し享受し行使する、そのことを、妨げたり損なったりすること。
それをわざとやっても、結果的にそうなってしまったのでも、そのおこないが「人種差別」だ。
(補足:人権と根本的自由は、政治的、経済的、社会的、文化的、その他あらゆる分野にわたり、その人が、人々と交わりながらおこなう全生活において、実感し享受し行使されなければならない。)
「人種差別」を撤廃するとは、こんなにも人間を大切にすることだったんだ。
逆に人種差別を肯定し拡大しようとする悪意を、世界の人々は「レイシズム」と呼ぶ。
今、日本で、レイシズムが蔓延・凶悪化しつつある現状を憂いて、この特集を組んだ。それは少数者だけの問題ではなく我々みんなの人権を脅かすものだから…。
クロスオーバー談義●中村一成×金滿里
「ヘイトの嵐を踏み越え そして、その先へ」
特集
「反ヘイトスピーチ裁判」傍聴記 …邊玲奈
関連書籍紹介
中村一成『ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件』
加藤直樹『九月、東京の路上で』
金尚均・他『ヘイト・スピーチの法的研究』
李信恵『#鶴橋安寧』
渡辺雅之『いじめ・レイシズムを乗り越える「道徳」教育』
[キネマ・イマージュ]「パッチギ!」
[酒と食いもんのエッセイ] マッコリのビール割り …李信恵
[福森慶之助の詩] 河
[さなぎダンス企画#6] ダンスと生への通底口〜さなぎダンス#6をふりかえって …上念省三
[イラスト&エッセイ] 伊祖からとどく風9 …メラミキコ
[劇評●劇団態変「ルンタ 〜いい風よ吹け」] ルンタ ー舞踊家の視点 …サイトウマコト
[金滿里のページ] 金満里の身体表現論 第二章 覚醒する身体 Ⅰ重力・2大地、Ⅱ氣
「抽象身体表現演劇」とは、いいかえれば、「宇宙降臨演劇」の追求であった
――劇団「態変」の演劇思想の軌跡 3 …清眞人
劇団態変の2014年10月公演に絵画で参加されるチベット仏画師ウゲン・ナムゲンさんとの対談。チベットへの強烈な憧れをもつ金滿里が直截果敢に投げかける言葉の一つ一つに、一呼吸おいて、内を(故郷を)思いめぐらすようにしながら静かな語り口でウゲンさんが応えていかれる。チベットの人々に深く根づいた死生観に肉声を通して触れる稀有な経験、険しい岩山を刻んだ深い谷をいっぱいに吹き抜ける風、ちぎれそうにはためくルンタの自分だけの安寧を願う心とはかけ離れた祈り、にも魅せられていきました。
ウゲンさんは、対談のあと「自分が話すというよりも、何かにここを(と胸・肩のあたりを触りながら)押されるような感じで話してました…」と述懐。螺旋のように深まっていく不思議な語らいの一端なりともお届けできれば!!!
イマージュ20周年回顧特集
[イラスト&エッセイ] 伊祖からとどく風8 …メラミキコ
[福森慶之助の詩] 海を恋として
[酒と食いもんのエッセイ] 麒麟 〜私を酒呑み街道に誘った青いきりん〜 …川崎那恵
[寄稿] 私とまんこ ーろくでなし子の逮捕を受けて …橋本真菜
[金滿里のページ] 金満里の身体表現論 第二章 覚醒する身体
「抽象身体表現演劇」とは、いいかえれば、「宇宙降臨演劇」の追求であった
――劇団「態変」の演劇思想の軌跡 2 …清眞人
[キネマ・イマージュ]「蟻の兵隊」
態変の大きな節目となる30周年公演。楽日のアフタートークを誰にお願いするか。今一番話してみたい相手として倉田めばさんが浮上した。金滿里の直観である。
態変の舞台ではパフォーマーがレオタードで勝負をかけてきた。もう一枚の皮膚のようなこのレオタードって何なんだ。もし自分が身につけるとしたら…という肌身に切実なところから話ははじまり、異形とは? 間(あいだ)性とは? と、互いの身体的実感から発する言葉がどんどん深みへと届いていく。
この遭遇からまた新たな、とてつもなく豊かな世界がみえてくるぞと確信させるビビッドなトークとなった。
山本公成のソプラノサックスは金属を感じさせないやわらかな響きを奏で、世界各地の民俗笛や創作の竹の倍音笛などもつれもって、地球の息吹きというかくり返し繋がる命の響きというべきものを伝えてくれる。その一方で公成さんといえば2003年のイラク派兵問題で態変が5回にわたり「表現する徹底非暴力の反戦」に取り組んだ時の力強い常連だったことが真っ先に浮かぶ。やわらかな命の響きと暗闇の中にひかりをつかむべく一歩も退かない闘いとは公成さんの中でも一直線に繋がっている。
2014年3月に予定されている劇団態変第60回公演「オーバー・ザ・レインボウ」。劇団創立30周年という節目に位置するこの大切な作品に山本公成さんにライブ演奏のバンドマスターをお願いした。このようなお願いをするほどの公成さんと態変との浅からぬご縁については本文をご覧あれ。対談は、作品の構想がまだ形を成さずコンセプトのみであった10月5日の採録だったが、3月にはなにかとんでもないことが起こるのではと予感させる熱い語らいとなった。身体と音とで闇を切り開く美しい“みね”を虹の彼方に現出させるべく…
沖縄の魂といわれるエイサーは祭りとして大阪・大正の地に根づき、その力強さ荘厳さでヤマトも含めた多数の人々を魅了している。しかしその創生期には苦闘があり、またそれ故の爆発的な高揚感も皆が共有していた。エイサー祭り創生の中心に居た玉城さん。同じ頃、ここ大阪の地で在日の魂を熱唱しはじめたホン・ヨンウンという歌い手が居り、障害者運動から離れてやがて劇団態変を創っていく金満里が居て、三者は浅からぬ関係でつながってきた。若くして病に斃れたホン・ヨンウンの逝去から今年で十年、金満里が開催した彼のレコードコンサートで玉城さんと金満里が再会した。互いが知り合ったあの頃とは、そして互いのつながりとは一体何だったんだろうかと話が弾み、今回の対談のはこびとなった。
障害を役者の実存として自ら舞台に提示する劇団態変。役者ではない普通の人々と4日間のワークショップで芝居を作り上げる森田さん。どちらも、今までは「不適格な」素材、「不適切な」表現と呼ばれたかもしれない。でも、そうじゃないんだよね。そうじゃないことを話してもらえる気がして、逢ってもらうことにした。
とはいえ、ふたりも人間。しかも思った以上に清々しく繊細なおふたりでした。初対面だからこわごわで、共感、反発、すれ違いも素直に出されて、まあ、まるでふたり芝居のような対談となりました。
今夏、高橋さんが雑誌「GQ」の取材で態変に来られたことがご縁で、今号の対談が実現しました。高橋さんは「GQ」で、またその後「文學界」でも態変の表現をみごとに活写せれています。この日、高橋さん自身による『恋する原発』の解題と金満里の『虎視眈眈』のメイキングを交差させながら展開していく文明論、芸術論は圧巻ですが、語らいは終始笑いに満ち、ときに爆笑にむせながらの愉快なものになりました。
原発震災後に日本国内の原子力発電所は次々と運転停止に入り、最後に稼働していた北海道電力泊原発3号機が、5月5日23時に停止された。原発はスイッチを切ったら直ちにストップするわけではなく、6日午前2時頃に原子炉停止状態となり、7日午後にようやく冷温停止となった由。
原発が1基も稼働していない日本! 我々は、この開放感を胸に深く吸い込んだ。
偶然であったが、今号の編集会議は5月8日に設定されていた。54号刊行予定の8月には状況はどうなっているだろうとの重苦しさを振り切るように、3・11後のことを特集に組もうということで意見が一致した。
そろそろ寄稿が届き始めていた6月16日、14時30分に関西電力は大飯原発3号機の運転作業を開始。政府・電力会社の語る「安全」を全く信じ込んでいる国民はおそらく皆無であり20万人をこえる人々が行動を起こしたにもかかわらず、7月1日9時に制御棒が引き抜かれ原子炉内での核分裂反応が再び始まってしまった。
しかし、この苦い夏は、敗北ではなく、はじまりであると信じたい。ほんとうのもの、真に美しいものをつかみとっていく歩みのはじまりの夏であると。
2月17日に木村年男が、3月11日に福森慶之介が、わたしたちをおいて逝ってしまった。とりわけ福森の逝去は、2月5日に一世一代の覚悟の舞台を見事に務め上げたそのたった35日後ということで未だに現実感を伴わない。彼らの舞台での姿はわたしたちの心の中に光芒を放って生き続けている。
二人の大切な役者を相次いで失った喪失感に打ちのめされつつも、態変の表現を絶やすまいとわたしたちは前を向いて進みます。今回のクロスオーバー談義は、演劇学者・池内靖子さんとの語らいで、日本の近代演劇の始まりから現代に至る流れのなかに態変を位置づけるという意欲的なものになりました。
劇団態変2011年新作公演『喰う』を楽曲提供とピアノ演奏にて共に創っていただいた伊東乾氏は、ドイツと日本をめまぐるしく往還しつつ指揮者・作曲家・著述と多彩な活動の合間を縫って、五月、七月、九月と作品の創り込みと稽古のため劇団態変稽古場に詰めていただきました。その際には役者の家に泊まり込み共に銭湯へ行き、と気さくな側面も。この対談は、いよいよ『喰う』の作品としての相貌が姿現しつつあった七月稽古の合間に収録された熱き対話でした。
●古典に祭り上げられるな! ●根拠のない優越感を論破する
●伊東さんと態変との出会い ●ピアノと身体表現の真剣勝負
●個別性を尖らせて普遍へ
劇団態変主宰・金満里の義父で、韓国慶尚南道固城に生まれたファン・ウンドは、日本の植民地からの祖国の独立のために闘い、度重なる投獄の末、潜伏した戦時下日本で劇団を創立し、祖国の芸術精神を日本に広め、戦後に客死した。金満里は、彼の魂を作品とともに豊かな文化と風光明媚な風土の故郷に返したいと考えた。
韓国プロジェクトと名付けられたこの企画は、足かけ一年半、計九回の渡韓を経て、2011年3月、韓国ソウル・固城の二都市で大喝采の中終演を迎えた。プロジェクトのキーワードは『越境』。それは「障害者が自宅や施設から這い出して、舞台に上るまでのプロセスも含め芸術である」という劇団態変の活動スタイルと、培ってきた芸術を介した障害者・健常者の真の協働を妥協なく韓国にも伝え、新たな渦が巻き起こり、新たな文化が創出されることを期待して・・・その成果はいかに。
対談は生駒の山ふところにある金時鐘氏の静かなお住まいで、詩人の愛沢革氏の司会で始まった。
始まるとすぐに、舞台を観ての感想にとどまらず貴重なアドバイスを次々と述べられたのは、さすがに詩人として表現の真髄を極められた時鐘氏ならではの言葉の数々。
金満里もこれで大いに意を強くして韓国公演に臨めると、弾みになる対談であった。
ワークショップ体験記 /三上映子
『ファン・ウンド潜伏記』の韓国公演を2011年3月に控え、その準備として2010年の1月、5月、6月、7月に続き、5回目の渡韓を10月初旬に10日間にわたり、金満里以下3名のスタッフメンバーを引き連れて敢行した。
公演に向けてのエキストラ初稽古が主要な目的だったが、招聘されたハジャセンターの10周年記念イベント「ソウル青少年創意サミット」出席、韓国の黒子たちへの講習、そして固城へ飛んでのホール下見といった、公演準備のずっしりと充実した旅だった。
「劇場法」という聞きなれない言葉が態変事務所で飛び交ったのは3月。芝居の創作過程にどんな問題があるのか、そこに良い舞台を生み出すのを阻害する問題があるのか。芝居の作り手だけでなく、受け手であるお客様がたにも知っておいて欲しい。
「劇場法」の中身と、立法後の演劇界はどのような影響がでてくるのか。特に関西の演劇界の現状をつぶさに把握されている編集者・小堀純氏と劇団「犯罪友の会」主宰の武田一度氏、そして金満里の三人が、うち揃って語り合う2時間。
2009年9月に大阪城公園で初演の『ファン・ウンド潜伏記』は、実在の人物である黄熊度(ファン・ウンド)が、祖国韓国の独立と民衆の生活向上のための活動を展開し弾圧を受け、日本に逃れて潜伏生活をしつつ、妻の金紅珠(キム・ホンジュ)を看板とする劇団のプロデューサーとして生きた、その人生を舞台化した。
本作をソウルと黄熊度氏の故郷・固城で連続公演する企画が進行中だ。障害者エキストラをソウルで募集し公演をする構想だ。
折りしも今年(2010年)は日韓併合百年という節目の年。日韓両国の障害者と健常者の対等な関係によって芸術を創り出すこの企画は、日韓芸術文化交流に新たな渦を生み出すにちがいない。
茨城県の閑居山願成寺につくられた共同体「マハラバ村」を題材に金満里が創作した劇団態変の『マハラバ伝説』は2009年5月に「マハラバ村」が現存していた地で公演を行なうはこびとなった。本作は2001年9月にドイツ・ベルリンにて初演以来、回を重ねること七度目の公演である。
闘う脳性まひ者集団「青い芝」の母体ともいうべき「マハラバ村」を描いた本作の地元公演の意味するところは大きい。障害者抹殺を意図する優生思想に立ち向かうべき思想の発祥の地である茨城。その地元に招かれた劇団態変が、26年間の研鑽を重ねた身体表現芸術を、どう受け止められたのか、態変の身体芸術表現が、今後どのように展開するのか、改めて認識を深める数々の兆候があったといえる。
ウイングフィールドという民営の小劇場がある。大阪の心斎橋にある商業ビルの6階だ。これまで何度か劇団態変も公演をさせていただいている。その小家主の福本年雄さんをお招きして対談をお願いした。なぜ笑劇場の主さんなのか。その辺りのことを金満里は、態変の話題を交えつつ福本さんから蚕の糸を紡ぎ出すように関西の小劇場の問題を引き出す。折りしも、この話題になくてはならないウイングフィールドの故・中島陸郎さんの没後10年の企画公演もあって、大阪の街の賑わいと小演劇界の話題が展開していく。
クラリネット奏者の大熊ワタルさんとは2007年のテント公演『ラ・パルティーダ』の生演奏の一人として参加いただいたり、本誌の「音楽のば・び・ぶ・べ・ぼ」にも執筆していただいた関係で。
大熊さん率いるバンド「シカラムータ」で折りしもライブツアー途中、関西では京都・磔磔でのライブ一日限りという駆け抜ける忙しさの最中、そのライブ当日のお昼に無事収録。
本号の対談は27号に一度出ていただいた『生命学』の森岡正博さんです。森岡さんが、この日に用意されたお話というのが「成長を止められた」アシュリーちゃんという当時6歳の女の子。医療先端技術を駆使して育てることの中に見えてくるものは・・・。
かたや金満里の皮膚感覚について、その推論を立て、皮膚という何でもないものと思いがちなものへの研ぎ澄まされた芸術家の感性が、読者の皆さんに問い掛ける生命体の執着力。その凄さに未知の世界の奥深さに気づかれるでしょう。そしてお二人の皮膚感覚を語る中で、ずいぶん違うことの面白さがみえるのでした。
大阪生まれの世界に発信する劇団、維新派と態変。この「演劇」というワクに納まらない二つの放埓な個性派集団のトップ会談。そんな趣で今回の対談のお相手は維新派の棟梁、松本雄吉さんです。態変が92年ケニアを皮切りに欧州からアジアにと海外公演を重ね、金満里は今年一月にはシンガポールやジャカルタでソロ公演を終えて一息ついたばかり。維新派も2000年アデレード芸術祭に招聘されて以来、多くの海外公演を成功させてこられました。そんな海外経験の豊富な両劇団の役者やそのからだへの目の付け処、集団を率いるトップの芝居への語り口は、自慢話でなく芸術への情熱の炎がチロチロと見え、味わい深い対談になりました。(内容の一部を読んでいただけます )
今回のクロスオーバー談義は、「浪花の唄う巨人パギやん」という愛称で、長年にわたって着実に自身の芸を深め、幅広く活躍する在日コリアン二世。趙博さんと金満里の対談です。自らの在日コリアンの立ち位置から民族の血として自覚する知、そして芸の奥深さに観応するところを、07年ともに海の向こう祖国韓国に旅し、国宝級の人たちと出会うことによって再認識され、更なる芸の道を探求する二人の思いを熱く語っていただきました。
07年9月のテント公演にちなみ、金満里の対談のお相手は、関西野外演劇の元締め、劇団「HANTOMO」の主宰武田一度氏。
歴史的背景からご自身の演劇のルーツを語られる武田氏、それを受け、金満里も野外演劇に取り組む思いや、障害者の面白い身体の捉え方を。演出家同士の興味深いバトルの展開です。
それに加えて、劇団遊劇体のキタモトマサヤ氏のご執筆。柳井愛一氏も連載の「ダイスを転がせ」で、 野外でない劇場で行われた野外劇団の作品についてお書きいただきました。
2005年から2007年の3年間を要したプロジェクト、態変 in マレーシアは、国際交流基金とマレーシアのアクターズスタジオとの共催プロジェクトとして取り組まれ、劇団態変芸術監督・金満里は現地に何度も赴きマレーシアの障害者たちを身体表現芸術でもって自立した技と意識と情熱を兼ね備えたプロの役者に育て、その役者たちによる公演を打つことができた。
その総まとめにあたる特集を、主催者側、出演者、スタッフなど関わった人々の様々な視点からの文章を能う限り掲載させていただくことで、このプロジェクトがマレーシアで何をどう成し得たのかの記録としたい。
今回対談にお招きしたのは、社会学者として著名な上野千鶴子さんである。
金満里の身体論からはじまり、上野さんが次々と繰り出す質問で展開をみせはじめ、身体表現からおんな性へ、さらに障害学へとすすむ。
障害学研究者への怒りが噴出する金満里。芸術と学術がクロスする「激する女のバトル」。
・相次ぐ劇場閉鎖に関西演劇界は
・閉幕する扇町ミュージアムスクエア
・02年10月29日 関西演劇人会議
小泉ゆうすけのエジンバラ体験記
エジンバラ通信 /小泉ゆうすけ
あおぞらワルチ/雪やこんこ /栗太郎
初めての白塗り舞台 /福森慶之介
座談会●エキストラたちの『壺中一萬年祭』
聞き書き「金紅珠一座」 金紅珠にゆかりの大夫元・金基彦氏 /聞き手・金満里
連載
聞き書き「金紅珠一座」 元座員・スミコ姉さん /聞き手・金満里
「君の名は」OR-WANO「もののけ姫」PAKNO (2) /チュプチセコル
(前略)この大阪でも「端へ追いやられた人たち」の存在する地域には、地の底・心の底から噴き出す人間の聖性と俗性の綾なすエネルギーが満ち溢れ、物質で肥え太った「ガイドブックに載る」ような地域よりも力強い文化的パワーを持っている。
「ディープ大阪」特集は、「イマージュ」編集部の切り口で解剖する、大阪でも文化的濃度の高い地域である西成、大正、生野区の探訪である。
対談は、大阪の誇る野外演劇の雄・維新派の松本雄吉代表。とてつもなくディープな談義となりました。
'97スイス公演『Departed Soul』劇評 「ザルツブルグ・ニュース」「フランクフルト・ルントシャウ」
日常生活に介護を必要とする障害者が親元を離れ介護者を募って地域で生活を立てていくことを「自立」と呼びならわしてきた。
もし「自立」が、自らの力で生きていくこと、という意味だとしたら、身辺のことに他人の手を煩わせて何が「自立」だ? ということになるだろう。
人の繋がりをもって共生しつつ自己決定を持って生きていく、ということが「自立」であるならば、障害者の自立こそが、人の「自立」の真の有り様を示す試金石と成る可能性を持っている。
これを通して浮かび上がるものは「福祉」や「運動」を越えて人間の暮らしの核心の部分ではなかろうか。そこには人間同士の切り結びを含む文化の創造がある。
文化を密度という視点から見れば、国内で東京を越えるところは無いと言える。
しかし、あらゆる面で東京の一極集中の弊害が指摘され、地域の活性化が叫ばれて久しい。
かたや濃度というのはブレンド比のことである。
濃ければ濃いほど良いというものでもなく、こってりと絶妙な味を出す混ざり方と言える。周囲に面白い渦を作り出すような濃度の高まりというものを、ある地域との出会いの中で体験する場合がある。住来出会い損ねてきたものの先端的なクロスオーバーがすんなりと地に足つけて実現してしまうことがある。
当誌の刊行コンセプトからも当然扱うべきテーマ「地域」にいよいよとりくんでみよう。
かかってこんかい!エジンバラ /仙城真
特集●態変・東京〜名古屋〜信州ツアー
「阪神大震災」は確かに95年の1月17日に起こった。
そうして、その日から、「私たちの阪神大震災」が始まったのだ。
(前号「コボリの演劇日誌」から)
その後、世間の表面的な関心はオウムに行ってしまったが、半年後も「私たちの阪神大震災』は続いている。
障害者は、芝居屋は、震災を生き抜き、何をつかみつつあるか。
西宮・門戸厄神の駐車場にテント村を建ててシブトク活動を続ける障害者グループが開いたシンポジウムのタイトルは「自立」。
ある芝居好きが「震災と演劇」を追い、そこで見た「演劇の原点』とは…。
あちらこちらで、「掘り下げ」が続いている。
特集●阪神大震災・半年
河野貴代美氏は心理カウンセラーとしてのキャリアを経てフェミニズムと心理臨床をドッキングさせた「フェミニストセラピィ」のパイオニアとなった方。
・女性を縛る「奴隷の真理」
・フェミニズムから得たもの
・個の確立の時代へ
・障害者におぶさる健常者たち
・愛したい人たちのカンちがい
劇団態変の旗揚げから10年を機に、態変の活動を支えつつ異分野のクロスオーバーを目指す企画組織・イマージュを立ち上げ、創立イベントを開催、その中で1994年5月22日におこなったシンポジウムの記録を中心に、「イマージュ」創刊のはこびとなった。
シンポジウムは、情報理論から独特のボランティア論を展開しておられた金子郁容氏、社会福祉論のパイオニアでありその発展として福祉文化論を展開しておられた一番ヶ瀬康子氏、そして劇団態変主宰・金満里をパネラーとして熱い議論となった。
第一部 金満里が語る態変の10年 / 質疑応答 / 第二部 鼎談
《金満里のページ》映画『風の丘を越えて』